2015年11月5日木曜日

枯渇

「社交不安が高いと社交中やその後にセルフコントロールが枯渇する」

Twitterで目に入ったことば。
海外の大学の研究者の論文を紹介するツイートでした。

わかる、と思ったね。
人に会う期間、会わない期間を繰り返すのは、枯渇するから。
枯渇する、というその言葉が、わたしの感覚とよく合う。
何かが枯渇する。

「セルフコントロール」が何をさすかはおいておいて(!)、それをしようとする気力やエネルギーかな。
社交する気力とエネルギー、というのがわたしにぴったりくる。
なんか、論文とずれてきたね。

この論文はたぶん一度の社交について書かれているのだろうけど、わたしは一度で、ということはそんなにない。

ある程度の期間の中で、はっきりとした自覚のないまま目盛りが全体として下がっていき、あるときスイッチが切れた感じがする。
そうなるとしぜんに、気分は引きこもりな期間に入ることになる。

まあ、そんなにはっきりしてるわけじゃないんだけど、気分としてはそういう感じ。

そういうときは、そうっと暮らす。
おもに本を読んだり寝たりする。
会社には行くし、人にも会うし、家族とも話すから、外から見たらわからないかもしれない。

そうしていると、ある日またパチッとスイッチが入るの。
ピカッとランプがつく感じ。

これまでのところ、必ずまたランプがつく。
そこがすごいところかもしれない。

わたしじゃない人も多かれ少なかれこんな感じなのかな?
そうなんじゃないかと思うけど、人のことってわからないねえ。

スイッチはどうして切れるのか。
それはきっかけの積み重なりによってかもしれないし、気候や体調などの条件がそろうのかもしれないし、たんに人間はそういうものなのかもしれない。

わたしの場合は、何かが完全に枯渇するより前に、余裕のある状態で、スイッチが切れます。
だから社会生活を送ったまま引きこもれる。

と、ここまで書きましたが、元論文はちらっとしか読みませんでしたし、どんどんずれましたので、ぜんぜん関係なくなりました。
(だってそもそも、セルフコントロールとは何かを横においたし!)
きっと元からぜんぜん違うね。
わたしの自由な妄想力。

(そして、完全にじゃなく枯渇するなんてあるの?とわたしが聞くけど、それぐらいいいじゃーん。辞書はひきません。)





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